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ひと時の幸せ 3

最近、気分が高揚しているのを感じる
リーシェ様と一緒にいるだけでそう感じる
ずっとこの時が続けばいいと思っていた

「リーシェ様、お風呂の時間です」
「あ~、うん、分かったけど、何でいつも私に対して様付けなの?」
「世話をする者の当然の役目ですから」
「ふ~ん、そういうものなのかねえ」
「そういうものです」

確かに捕虜である彼女に対して様付けは少しおかしいのかもしれない
けれど、世話をする、御奉仕することならば、様付けをしなければおかしいというものである

「ねえ、ナターシャ」
「何でしょうか?」
「魂は全てのモノに宿ると思う?」
「何を持って魂と言うのかが私には分かりませんが、意思を持つと言うのならば可能性はゼロではないと思います」

リーシェ様はずっと何かを考えているようであった
今まであれだけやっていた脱走もすることはなかった

「そっか、ありがと参考になったわ」

リーシェ様は何を考えているのだろうか
確かに現在捕虜と言う身分ではあるが、彼女自身才能のある人間だ
彼女なりの思惑があるのだろうが、決して私達にとっても悪いことではない、そう信じられる

「リーシェ様」
「うん?」
「ここから出たいですか?」

リーシェ様は目を見開きかなり驚いている
当然だろう、私自身一瞬何を言ったのか分からなかった

「ど、どうしたの急に・・・、何か悪い物でも食べた?」
「私は食事する必要はありませんのでそんなことはありません」
「あ、そ、そう」

彼女のことだからすぐに出たいと言うのかと思ったら、そうでもないらしい
でも、私の事を心配してくれて少し嬉しかった

「リーシェ様はここに居るべきでは無いと私が思ったからです」
「ここに居るべきじゃない?」
「はい、リーシェ様ならきっと公爵様を助けてくださる、以前言っていた力ではなく、友好的な方法で」
「この前、仕方無いって言っていたじゃない」
「私にもどうしてかは分かりません、でもこうした方が良いと思ったからです」

今まではただ言われるがままに全てのことをこなしてきた
それが当たり前の事だと思っていた

だけど、リーシェ様と出会ってから考えが変わってきた
いや、教わったと言った方が正しいかもしれない

人形である私が何故意思を持ったのか、考えることができるようになったのか
自分で考え行動できるのに今まではできなかった
リーシェ様と出会って、話したり世話をすることで様々な自分に出会った

これが感情なのだと、感じるようになったのだ

「もし私を逃がしても、公爵を助けるどころか殺すかもよ?」
「それをしないのはリーシェ様を見ていれば分かります」
「随分、信用されたものね、仮にも敵になっていたのかもしれない存在なのに」

皮肉を混じりながら言うもののその表情はどことなく嬉しそうだ
相変わらず目は目隠しで見えないが、その上からでも分かる

「鍵はここに置いておきます、いつでもお逃げください」

私は鍵をリーシェ様のすぐ傍に置いた

「ありがと」

カチャ

リーシェ様は後ろ手で器用に鍵を取ると、いとも簡単に鍵を外す

「ん~、やっぱ両手が自由だと気分が楽だわ」

リーシェ様は思いっきり腕を上にあげて伸びをする

「それよりも、私を本当に逃がしてもいいの?」
「構いません、貴方様を信じます」
「そっか、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうとして・・・」

彼女は今までつけていた目隠しを外す
そして、うっすらと目を開ける

「ちゃんとしたお礼は素顔で言わないとね」

それは真紅に染まった眼、おびただしい邪気が溢れているのが分かる
だけれど不思議と怖くはなかった、邪気以上に優しい眼差しがあったのだ

「怖いでしょ、普通の状態でも異常な邪気を発するからあんまり出したくはなかったけど」

どこかもの悲しそうな顔付き、だけど優しい顔だった

「いえ、私はリーシェ様のその眼、好きですよ」

正直な感想だった
邪気に満ちてはいてもその眼差しは優しさに溢れている
確かに彼女を知らない人が見たら、恐怖におののいてしまうだろう
だけれど、彼女を知れば自ずと怖くはなくなる

「ありがと、でも出しっぱなしだと、周りに迷惑かかるからね・・・」

そういいながら再び自らの目に目隠しをする

「それじゃあ、貴方との約束、絶対に守るから」
「信じてます」

リーシェ様は詠唱を始める

「あの」

咄嗟に話しかけてしまった

「また、会えますよね」

この言葉に返答はなかった

だけれど、その顔を見て私は思う
またいつか出会える日が来るだろうと

貴方と出会った時間はひと時の幸せだった

だけど、この思い出があれば私は強く生きていける
人形としての私ではなく、生きる者の私として
by meruchan0214 | 2006-07-05 20:48 | 短編小説


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